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高知県がノーリフティング宣言 施設の3分の2が実践


※ リンク切れ想定で下記に記事転記

2016年度に高知県が全国で初めて「ノーリフティングケア宣言」をして約2年がたった。県はなぜ宣言したのか、介護施設や病院など現場は宣言をどう受け止めたのか、宣言によりケアはどう変わったのかなど、ノーリフティングケアに挑戦している同県の現状を報告する。

 高知県は16年度に「ノーリフティングケア宣言」のポスターを作成し、高齢者施設や障害者施設、病院、関係団体に配布した。

 ノーリフティングケアとは、人の手で利用者の体を持ち上げたり、抱え上げたり、ベッド上で引きずって移動しないこと。重たい物を持ち上げないことも含む。その言葉は14年度に、福祉・介護就労環境改善事業費補助金(現=介護福祉機器等導入支援事業費補助金)を予算化する際の説明資料に初めて使われた。

 県が同補助金を予算化して、ノーリフティングケアを進めようとした背景には、25年に900人の福祉・介護人材不足が見込まれていることがある。

 「人口71万人の本県にとって900人が不足することは大変なこと。それまで学生や他分野からの新規参入に重点を置いた人材確保対策をしていたが、それだけでは不十分。働いている人を辞めさせない取り組みの強化が必要だと思った。そのためにはリフトなどの福祉機器を活用した腰痛予防対策が不可欠だった」と地域福祉部地域福祉政策課福祉・介護人材対策室の茅野優子主幹は話す。

 しかし、1850万円分が予算化された同補助金の申請に手を挙げる施設は、県の想定より少なかった。機器の効果的な使い方が分からない施設が多かったからだ。そこで15年度からは、ノーリフティングケアや機器の効果的な使い方を知ってもらうためのソフト面に力を入れることにし、研修、広報費として新たに380万円を予算化した。

 また、成功事例を創り出そうと5施設をモデル施設に指定。施設長などを対象にした管理者向け研修、現場リーダーを対象にしたリーダー研修も始めた。

 モデル施設には管理者、アセスメント(評価)担当者、教育担当者、ケアマネジャーなどでチームを組み、8カ月間のマネジメント研修を受講してもらった。ケアマネジャーを加えたのは、ケアプランに機器活用を盛り込むことが不可欠だと考えたからだ。

 県からの相談を受け、研修内容を考えたのは、県ふくし研修センターの企画・講師担当だった下元佳子・日本ノーリフト協会高知県支部事務局長だった。

 理学療法士の資格を持つ下元事務局長は、ボランティア組織「うぇるぱ高知」で20年前からノーリフティング研修会を行ったり、16年前から「高知ふくし機器展」を開いたりしてきた。そして17年度には、活動を通じて知り合った有志と一般社団法人「ナチュラルハートフルケアネットワーク(ナチュハ)」を創設し、代表理事に就任。県の研修を受託するなど利用者の尊厳を守り、より良いケアを提供するノウハウを教える中心的役割を果たしている。

 ソフト面にも力を入れたことで、ノーリフティングケアは徐々に施設に広まっていった。それを受け県は、16年度にノーリフティングケアを推奨することを宣言したポスターを作成。同県のノーリフティングケアは急速に進むことになった。

県が作り配布したポスター

 「結果が見えるまでは、かなり時間がかかると思ったが、こんなに早く変わるのかと驚いている」。下元事務局長は、県の宣言が同県の介護事業所を大きく変えたと語った。

 16年度、12カ所に増えたモデル施設では、拘縮や褥瘡じょくそうなどの2次障害が防止でき、自立度が向上する人が増えた。リフトなどを使うことで利用者とのコミュニケーションの時間が増えたり、その日の状態を観察できるようになったり、ケアの質が向上したという。

 職員の腰痛防止にも大きな成果があった。モデル施設では、移乗ケア時に腰痛になった職員は1人もおらず、職場定着率も向上。「妊娠中もケアの仕事ができる」「痛み止めを飲む量が減った」「ゆとりが持てるようになった」などの声が上がっている。

 一方、モデル施設以外の事業所も急速に変わりつつある。県の宣言により、ノーリフティングケアを知らない事業所は圧倒的に減少。「自分たちもノーリフティングケアをしないと、置いて行かれる」という危機感を事業所が持ち始めたという。 

 特別養護老人ホームや老人保健施設、障害者施設の3分の2がノーリフティングケアに取り組み、モデル施設を追随するレベルになった施設も既に10カ所ほどある。

 人材確保対策にも良い効果が出ている。高知市内の施設では、求人に対して3~4倍の求職者があり、入職試験ができるようになってきた。

 さらには、県内3カ所の介護福祉士養成施設が、ノーリフティングケアを学生に教え、「ノーリフティングケアをしたい」という学生が施設に来るようにもなったという。

 「補助金を創設した14年度は18件だった申請が、18年度は60以上の事業所から要望があるまでになった」と話す茅野主幹。今後は小規模事業所にもノーリフティングケアを普及させたいという。

 県の宣言から約2年。同県内の介護事業所のケアの質は向上し、人材確保・定着にも好影響をもたらしてきた。全国で介護人材不足が深刻化する中、行政と民間団体が連携した高知県の取り組みは、国を含め、すべての自治体の手本になるだろう。

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◆ノーリフティングケア

 介護する側、される側の双方が安全で安心な「抱え上げない」「持ち上げない」「引きずらない」ケア。利用者の状態に合わせて、福祉機器を有効に活用して取り組むケアで、双方の健康的な生活を保障するケアの実践を目的としている。オーストラリア看護連盟が、看護師の腰痛予防対策のために、1998年ごろから提唱した「ノーリフティングポリシー」を具現化したケアで、「ノーリフト」と同じ意味を持つ。ノーリフトは「リフトを使わない」という誤解が生じないようにという関係団体の意見があり、高知県では「ノーリフティングケア」を使っている。

◆介護福祉機器等導入支援事業費補助金

 腰痛予防効果が見込まれる福祉機器を導入することで介護職員の定着を図ろうと、尾崎正直知事が設けた「課題解決先進枠」を使って2014年度に創設。対象は特養、老人保健施設、認知症対応型共同生活介護事業所、障害者支援施設、障害児入所施設で、1事業所当たり120万円を上限に、その2分の1(60万円)を補助する。対象製品は高さ調整機能付き電動ベッド、跳ね上げ式車いす、移乗ボード・シート・グローブ、介護ロボットで、購入費の合計が10万円以上なのが条件。当初はリフト、スタンディグリフトも対象だったが、国庫補助事業で導入できるため、15年度から対象外になった。

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